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2017/08
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ゆるぎないもの
今まで、動画を撮る習慣が無いというか、撮ること自体をまず思いつきませんでした、私。

みんなの写真はいっぱいありますが、動いてるやつがほとんどなかった!

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でも先日、パソコンの中に埋もれていたケンの動画を発見しまして。

やっぱり動いてるのはいいな。

ほんの短い、なんでもない毛づくろいの場面なのですが、小さな癖とか毛の感じ。声。

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ケンだ。

胸に小さな明かりが灯ったような想いで、うれしくなつかしく見ました。はい、それはもう何回も。

動画、撮っておくといいですよ。

って、言われなくてもふつうの人はもっと撮ってるか。

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ケンが私を喜ばせるためにカリカリをがんばって食べていたことは以前書きましたが、その話にはもう少し続きがあります。

ケンは我が家に来て8ヶ月目に一度大きく体調を崩してからは、カリカリはほぼ食べなくなって、濾した療養ウエットをシリンジで食べさせていました。

それでもケンの専用スポットであるキッチンカウンターのすみには、少しだけ腎臓サポートカリカリを入れたお皿を毎食置いていました。

そしてそれはいつも手付かずか、ほかの子が侵入してきて食べてるかで毎日が過ぎていきました。

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でもある日、ケンがキッチンに立つ私の背中をチョイチョイとするので振り向くと、カウンターの上で空のお皿に顔を入れて、カリカリを探す風なしぐさをしました。

あっ!と思って急いでカリカリを入れると、ケンはすぐに一粒口に入れました。

家に連れて来た時に口腔の状態があまりにひどかったからほとんどの歯は抜歯してしまったし、長いこと固形物を食べていなかったのもあってか、上手に噛めずに口からこぼれてしまいます。

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でも一生懸命一粒ずつ口に入れて噛むしぐさをして、そのたびに得意そうな満足そうな顔で私を見上げるので、胸がいっぱいになってしまって。

「えらいねえ。すごいねえ。」と何度もなでました。

その日から、毎日少しずつでも食べるようになり、私もうれしくて褒めまくり、こうして「応援すると食べる」図式が出来上がっていきました。

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一回に食べられるのは少量ですが、とてつもなくゆっくりで、でも私が応援つきでずっと見ていないと食べないのです。

その間つきっきりで延々褒めるのはけっこうな手間で、時間が無い時などは正直、困ったこともありました。

それでも、自分の意思で、自分の力で、噛んで食べることはものすごく重要だと思うので続けていたら、調子の良い時期は一日の必要量の半分くらいは食べられるまでに回復してくれました。

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ただやはり、それはそう長くは続かず、また少しずつ減っていきました。

そしてある時ようやく気付いたのです。

ケンは褒められたいわけじゃなかった。

ただ、私を喜ばせたくて、喜んでいる顔を確かめたくて食べてたんだ。

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最後の方は固形物を受け付けなくなり、食べたら吐いてしまうようになりました。

それでも彼は、いつも変わらずのんびりと機嫌よく、台をつたってよいしょっとカウンターに登り、「カリカリをお皿に入れて?」と私に催促しました。

そしてたとえほんの数粒でも元気に食べて見せてくれました。

固形物で吐くということがわかってきたので、もうカリカリはやめようとしていたのです。

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でも胸を張って食べる気満々。

「どうして入れないの?」と聞いているようなケンの顔を見ると、なんだかその気持を踏みにじるような、誇りを奪うような気がしてしまって、その後も数回はカリカリをお皿に入れました。

褒めるともう一粒食べちゃうから褒めなきゃいいのに、ケンの心意気に胸を揺さぶられて、褒めずにはいられませんでした。

「ケンはえらいねえ。ほんとにすごいねえ。」

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そしてもう一つ。

お皿を撤去してしまうのは、何かを諦めてしまうようで、寂しくて悲しくて即座には踏み切れない弱さがありました。

本当はケンの体にかかる負担を少しでも軽くするよう、感傷は排除しなくちゃいけない。

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撤去してからもカウンターでお皿を探すケンのおでこを撫でて、「ありがとうね。もういいんだよ。」と告げた時の胸の痛み。

ケンはただ穏やかな表情で私の言葉を聴いていました。

そしてその後はもうお皿を探しませんでした。

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本当のところはわかりません。

ケンが思っていたことは全然違うかもしれないし、人と猫がここまで気持を通じ合わせることなどありえないかもしれない。

でも私は、どうしてかな。ただ信じています。

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うまく言えないけれど、魂の結びつき、絆みたいなものの存在を。

皆さんも既に手にしているかもしれないし、これから訪れるかもしれない。

そのたしかな、ゆるぎない何かを。

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ガーベラ、スイトピー、ラナンキュラス
ケンは市内のお寺でお骨にしていただきました。

結婚式場みたいに広々としてきらびやかなセレモニーホールで詩とかを読むのは、なんだか我が家らしくない。

地味でも昔からあるお寺で、お経をあげてもらって静かにお別れしようと思いました。

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先代の住職さんが動物好きで、ペットも人間と同じように送ってあげたいとの想いから敷地内にペットの火葬場を作られたのだそうです。

景色の良い高台にあるお寺で、温かく対応してくださいました。

前日までの晴天続きとは一転してその日は雨。でも空が白っぽく明るい、春の優しい雨でした。

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お棺がちょっと小さくて頭がぴったり過ぎたね。

ごめん、ケン。でもなんだかにっこりしてくれているように見えるな。

これからの旅のためにお弁当を入れて、花をたくさん。

ガーベラ、スイトピー、ラナンキュラス・・・

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ケンは我が家にいた期間の大方は普通に暮らしていましたが、食欲だけは無く、ほとんどは漉したウエットフードをシリンジで食べさせて栄養を補っていました。

ただ、「すごいねえ。えらいねえ。」と応援すると、カリカリも少しだけ食べました。

ケン専用のキッチンカウンターの上で、一口食べては私を見上げ、褒め言葉を要求しながら。

でも後から気付きました。ケンは褒められたいわけじゃなく、きっと私が喜んでいる顔を確かめたかったんだね。

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ケンはもちろんかわいい猫だったけど、その一方で、伝わってくる気配が私達より年上の感じでもありました。

包んであげているつもりが、包まれてたんだなあと改めて思います。

たぶん治療もそうだったんだろうな。

ケンは自然のままでよかったのでしょうけど、きっと父ちゃんと母ちゃんのために、危ないところを何度も復活して、もしかしたら本来の寿命をも超えてがんばってくれたのかもしれない。

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最後の5日ほどはもう給餌はやめたけど、それでも亡くなる前日にびっくりするほど大きなウンチをして、当日の午前中に自力でお水を飲んで、旅立まぎわによろけながらもおしっこに立ちました。

意識がもうはっきりしておらず、トイレと間違えてベッドに入ってしちゃったのですが、ケンにとってはちゃんとトイレの中でトイレ座りで。

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自分できちんと体内をきれいにして、そして最期の苦しみを勇敢に乗り越えて出発して行きました。

後はどこもきれいなまま。

拭いてあげる場所もまったく残さずに。

立派だったね。

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私の仕事はめったにない3連休の後、さらに亡くなる当日は、前例の無い臨時休業、翌日のお葬式も夫は休み、私の仕事はその日は元々14時まで。

日常は二人とも仕事や他の用事がギュウギュウで余裕の無い毎日ですが、その数日間はケンだけに集中してゆっくりそばにいることができました。何もやりくりしなかったのに。

私達が悩まないように、出発の日もちゃんと選んでくれたような気すらしてしまいます。

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仏教によると極楽への出発は初七日、その後の四十九日間の旅はけっこう大変なのだそうです。

応援してあげてくださいと言われました。

出発は明日の日曜日。

それまではこうして母ちゃんがブログを書いてる横で、今までみたいにゆっくり休んでなね。

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いとしのケンケン 後編
ケンを拾った当日、「今日の検査と処置は全部タダにするからこの子、絶対に飼え。」と言ってくれた獣医さんとよく話をして、入院はさせずに自宅で看取ることを決めました。

その日はとても暖かかったので、帰宅後少しの間だけベランダに出て、車でのひなたぼっこの時みたいに2人きりで過ごしました。

そして幸い私はその後の4日間、コチ丸の散歩以外はどこにも出かけることなく、ずっとそばにいることができました。

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本当は4日目は出勤でした。

でもその前日、「明日はどうにかして休めないかな」と思っていたら会社から突如「営業所のシステムが故障して仕事にならないから明日は臨時休業」と知らせが入ったのです。

大きな企業ですから管理もしっかりしているし、臨時休業とか、通常ではまずありえない事象。

そして不定休の夫もたまたま休み。

「あ、きっと出発は明日なんだな。」と感じました。

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予感はその通りになって、翌日の暖かに晴れた春分の日、家族全員が揃った午後のリビングからケンは旅立ちました。

それまでの4日間ずっと春の陽気が続いたので、午後は毎日、リビングにベッドを並べてみんなでひなたぼっこをしました。

ケンにはおそらくもう日差しは負担だったかもしれないけど、ひなたぼっこが本当に大好きなので少しずつだけ。

3月17日、引っ越し当初と同じ、オリジナルメンバーで。

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3月18日、現在のフルメンバーに囲まれて。

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3月19日、亡くなる前日。

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一緒に暮らした期間は短かかったけれど、本当に個性あふれる面白い子で、一匹で数匹分ぐらいの存在感を放っていました。

物怖じせず、気負わず、悠々とマイペースで。

預かりっ子に近づくのもいつも一番。

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グリムを布団代わりに使い、

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2号と3号には逆をされ・・・

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あ~あ。

逝く時は「せーの!」でみんな一緒にだったらいいのに。 

寂しいよ。ケン。

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でももう一つ背中合わせの気持もあります。これはランコントレミグノンの友森さんの印象的な言葉。

「介護‥‥あれはもう、ご馳走としか言いようがないです。

あんなに自分が時間もお金も情熱も使い、気持ちを集中させて引っ張られることは、よく考えたらほかにないんです。

そこが究極の、私にとっての、贅沢なのかなと思います。

看取るときの別れがつらいけど、その前までの試行錯誤や、一緒に過ごす時間って‥‥ね。」

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今、それがとってもわかる。胸がちぎれそうに悲しい一方で、確かに至福の毎日でもありました。

でも私がずっと傍らに付きっきりで、じっと見つめちゃあ泣いてしつこく撫でたりしてたら、ケンはきっとゆっくり休めないので、ギリギリの時まではガマンしていつも通りに過ごしました。とっても難しかったけど。

最期に苦しむことはやはり避けられなかったけど、それもケンは残った力を振り絞って勇敢に乗り越え、旅立って行きました。

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長い間の闘病、何回も危ない時があったけど、本当に本当によくがんばったね。 

ケンケン、あの日、私の通り道で待っててくれてありがとう。

一緒に暮らせて、母ちゃん最高に幸せでした。

ずっとうちの子。父ちゃんと母ちゃんの自慢の子。

今までも、これからもずっと。

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いとしのケンケン 前編
今の前に住んでいた部屋のキッチンには、道具をあれこれ置くスペースが無くて、使い勝手がとても悪かったのです。

今の部屋も安普請ですが、面積はまだマシになったので、MUJIの棚を利用してカウンターを作ってみました。

お粗末ながら、あこがれの広い調理スペース。

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でも、いつからだったか、私がキッチンに立っている間はケンがその上に陣取るようになりました。

そこで昼寝したり、グルーミングしたり、そうでない時は私をじっと見つめる。

まるで、眼に焼き付けようとしてるみたいに。

ずっと覚えていようとしているみたいに。

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そして時おり私のひじの辺りをチョイチョイとして振り向かせると、伸び上がって鼻チュー(というよりケンの場合は鼻ギューギュー)してきます。

結局そこはケン専用の場所として定着し、私の調理スペースは夢と消えたのでした。

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ケンとの出会いは、以前にもこの記事この記事で何度か書きましたが、3年3ヶ月前の雪の日。

敷地内にいる猫をわざわざ246(トラックびゅんびゅんの殺伐とした広い街道)に面した歩道に追い出すビジネスホテルの玄関脇でした。

屋根もなく、雪まじりびしょびしょの地面に横たわっていましたが、私を見ると挨拶しに来ました。

そしてしばらく交流すると、また元の位置に戻って横たわったのです。

「ここしかいる所ないし、もう歩くの疲れたし」みたいに。

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なんて言ったらいいんだろう、覚悟みたいなもの? 

じたばたしないで淡々と現実を受け入れる、その潔くて気高い心意気に胸をぎゅっとつかまれました。

なので私の方もその場で覚悟を決めて、痩せてドロドロに汚れた身体を抱き上げました。

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直行した病院での検査で、重症の猫風邪かつ薄く白血病陽性が出てしまったため、まず当面は隔離しなくてはなりませんでしたが、うちには余分な部屋なんて無し。

廊下に脱走防止柵が設置してあるので、そこから玄関までの1畳ちょっとほどの狭いスペースに急遽ケンの部屋を作りました。

柵にはシートを張り、棚を置いて下の段にベッド、上にハンモックを吊るし、トイレとご飯とパネルヒーターも設置しました。

風邪の完治と1カ月後の白血病再検査まではこれしか道がありませんでした。

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もしかして白血病ウィルスが体内に入ったとしても、抵抗力があれば流れて陰性になったりするんじゃ!?!?

でもこんな所じゃストレスがなあ。

いや、でもでも!とにかくできることを全部やったろうじゃねえか。

ケンはそれでもこの狭い部屋でけっこう機嫌よく暮らしてくれました。

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ただ、淋しがりやなのか、あるいはまた捨てられることが不安だったのか、人の顔を見たら膝によじ登ってきます。

なので毎日帰宅後は夫と交代で数時間ずつケン部屋に出張し、膝に乗せて過ごしました。

泊まれるスペースなど無かったので、ずっとはいてやれなくて胸がいつも痛かった。

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境界の隙間からそっと覗くと、いつもこちら向きでお座りして、人の顔の位置らへんの高さを見上げてたんですよね。

それで私の方がガマンできなくてもう一回行っちゃったり。そのたび服とスリッパを替えて、廊下中を消毒して。

ケン部屋は日光が全く当らなかったので、せめて休みの日だけは日当たりの良い駐車場で車の後部を開放して、そこに飲み物やおやつも持ち込んで、ケンはリードをつけて毛布等で暖かくてして、ひなたぼっこを一緒に楽しみました。

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でももしケンが完全に陽性だったら、やはりちゃんと日の当たる個室を用意してやりたくて、引越することを決めました。

そういえばケンの名前は渡辺謙さんからとったものです。

カルテに名前が必要だったのでとっさに思いつきました。

白血病から見事に復活し、それまでよりはるかに輝いていらっしゃることにあやかる気満々で。

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引越前のある朝、出勤しようとしていたところに、白血病の再検査は陰性だったとの知らせがありました。

同じ空間でみんな一緒に暮らせるんだ!

先住猫たちとは既に互いの存在は十分に感じ合っていましたし、ケンがとにかくまるで物おじしない、気にしない、イライラしない子なので、ほぼすんなり入り込めました。

引越直後のリビングでみんなとひなたぼっこをしているケンの満足げな顔。携帯なので画像が良くないんだけど、でも大好きな写真です。

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その後、ケンは我が家での生活の大半を持病の腎不全と闘病していくことになります。

腎不全は治療で進行を遅くすることはできても治すことはできません。

ずっと一緒にベストを尽くしてきたけれど、やはり少しずつ進行していき、やがてその限界がやってきました。

後編に続きます。


緑のカフェとケンと水(すい)
最近のコチ丸は横浜市港南区は野庭町から目撃情報がよく入るので、私は休みの度に通って、ぐるぐる歩き回っていますが、横浜とは思えないようなのどかな野山の中に美しいお庭のカフェを発見しました。

玄関で「犬を探しています。」と言ったら、オーナーさんご夫妻とそのお母様も、ご家族全員が即座にお庭に出てきて、店内、広いお庭の中と外、計3枚もポスターを貼ってくださり、真剣に話を聴いてくださいました。

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後日お礼のコメントを書こうとブログを拝見したところ、コチ丸捜索の記事がアップされており、そのやさしいお気持ちに胸が一杯になりました。

その後ポスターの予備をご所望いただきましたが、その理由がまたいい。

「ヤギがかじってしまった。」

童謡のようで、なんだかにっこりしてしまいますよね。

カフェこやぎさん。どれもこれもおいしそうなうえに良心あふれる価格設定のお料理やスイーツ。心安らぐパラソルの日陰と緑の香りの風そよぐ美しいお庭と動物たち。

そして温かいオーナーさんご一家。ご親切にしてくださり、本当にありがとうございました。

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2月に一気に容体が悪化したケンですが、回復はせずとも小康を保っています。(写真はどれも以前のものです。)

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抱っこするたび、そのあまりの軽さに胸がズキンとしますが、普通に家の中を歩けるようになりました。

食欲は全く無いので濾したウエットの療養食に栄養剤を混ぜてシリンジで食べさせています。それから薬とサプリも無理やり。

朝晩皮下輸液もしますが、針を刺すのがどうしてもあまり上手になれず、たまに痛い思いをさせてしまいます。

輸液はただの気休めという説もありますが、ケンの場合は少なからず症状緩和になっているように見えます。

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昨夜はうれしいことがありました。

まだカリカリが食べられた頃にいつも使っていた食事テーブルのところに歩いて行って、何かを探すようなそぶりをしたので、あっ!と思って急いで器を出して療養食のカリカリを少し入れてみました。

そうしたらちょっと匂いを嗅いでから一粒口に入れてくれたのです。

噛み方も忘れてしまったのか上手に食べられなくて、咀嚼してないうちに口から丸ごと落ちてしまいました。

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だけど「自分で口に入れて噛む」という気力があっただけで私はうれしくてうれしくて「エラいねえ。すごいねえ。」と本気でたくさん褒めました。

するとケンは顔を上向けて得意そうな顔をして、もう一粒口に入れました。でもまた落ちる。

それを何度か繰り返して、その後は興味を失ったようで毛づくろいを始めました。

結局全部零れ落ちてしまって本当に食べられたのは一粒も無かったけれど、ああ、でもうれしかったなあ。どれぐらいぶりかなあ。

悲しく軽い身体を抱っこして、その後もずっと褒めていました。

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水も元気です。ケンとは逆によく食べてよく寝て、今では我が家一番のふっくらさんになっています。

小柄なので目立ちませんが、少なくとも華奢という言う言葉はもう似あわない。

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でも星のまたたく瞳はますますきれいで、それにぴったり似合うバラの蕾の首輪をつけています。

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水のツンデレは一流です。普段は声をかけてもロクに振り向きもしないのですが、どういうわけか私が椅子に腰かけている時だけ真下にやってきてこちらの顔をまっすぐ見上げ、「な?な?」と鳴きます。

そして伸び上って両前足を椅子に掛けて、引き続き見つめながらちょっとおしゃべりして、その内ぴょんと乗ってきます。

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乗ったら鳴くのはやめて、私の後ろにぴたっとくっついてじっとしているのですが、時々そのかわいい肉球で私の背中をそっとノックしてナデナデをせがみます。

にゃーにゃー!なでてー!とかじゃなくて、黙って控えめにそっとトントン。これを無視できる方がいたらお会いしたいです。

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コチ丸がいなくなってからの私ははっきり言って四六時中悲しい。

大きく広がっている悲しさの上から脱出できず、その土台の上で時々必死で対人モードに切り替えて普通に笑ったりしゃべったりして生活している感じで、健全なオーラはまるで出ていないと思います。

そんなどんよりした私を嫌わずにくっついて甘えてくれる子達がいてくれて、どれだけ救われているかわかりません。でも本当は彼らにはのほほんと気ままに生きてほしい。

心折れることが続こうがなんだろうが、元をたどれば自分の選択の結果ですから、もっと泰然とどっしり構えていたいものですが、なかなか上手に切り替えできないダメな母ちゃんでごめん、みんな。でもがんばるからね。

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プロフィール

lohamakegu

Author:lohamakegu
犬猫の預かりと里親探しボランティアをしています。

現在募集中の子:今はいません。

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